2008年07月17日
野茂英雄、引退
カンザスシティ・ロイヤルズから戦力外通告され、自由契約選手となった野茂英雄投手が本日引退を発表しました。
日本での復帰も噂されていましたが、引退の道を選んだようですね。
野茂英雄のブログの今日の記事「2008.07.17 現役引退」に次のようにあります。
2008年7月17日 現役を引退すること表明いたしました。
個人的には「お疲れさまです」のひと言しかないですね。
今後、野茂がどうのように野球と、そしてベースボールと付き合っていくのか注目です。
僕のトルネード戦記 (集英社文庫)
野茂 英雄
追伸です。
Yahoo!ニュースに「<野茂引退>「今こそ胸張って」「おめでとう」…功績たたえ」という記事があるのですが、野茂と親しい野球人が引退を決めた野茂にコメントをとしています。
山中正竹・横浜球団常務
(88年ソウル五輪投手コーチ)
「野球界にとって王、長嶋クラスの功労者なのだから、活躍ができなくなっても堂々と胸を張っていなさい」
吉井・日本ハム投手コーチ
(近鉄時代の先輩)
「大リーグでは引退した選手が復帰することはよくある。また復帰しちゃうかも」
「本当にやめるのなら『おめでとう』と言いたい。あれだけ成功したのだから」
立花龍司・ロッテヘッドコンディショニングコーチ
(近鉄時代のコンディショニングコーチ)
「絶対にトレーニングを休まない野茂を見て、トレーニングをする選手が増え、選手寿命を長くしてくれた」
「日本で初めてトレーニングしながら投げた」
野茂は投手の練習といえばキャッチボールとランニングという時代にトレーニングを練習に取り入れたんですね。
仰木監督が「あいつは腰をひねって投げることで(ドラフト)1位で入ってきた。(フォームは)直させないから、壊れるかもしれん。しっかりトレーニングさせてくれ」と当時のコンディショニングコーチだった立花龍司さんに言ったそうです。
Wikipediaを元に野茂英雄の経歴をまとめてみたいと思います。
1968年8月31日生まれ 現在39歳
小・中学校時代は全くの無名選手だったが、この頃にはすでにトルネード投法。
甲子園とは縁の無い公立高校「成城工高」に進学し、2年生からエースに。
高校2年生の時に完全試合をする。
高校卒業後、近鉄からの誘いを断り、ノンプロ・新日鐵堺へ入社。
社会人野球でフォークを習得。社会人2年目でエースになり、日本代表にも選ばれる。
1988年
ソウルオリンピックでの銀メダルに貢献。
1989年
ドラフト会議、史上最多の8球団(阪神、ロッテ、ヤクルト、大洋、ダイエー、日本ハム、オリックス、近鉄)から1位指名。
抽選で近鉄が交渉権を獲得。
契約金は史上初の1億円台(1億2000万円)、年俸1000万円。契約時、投球フォームを変更しないという条項が付け加えられた。
1990年
プロ4試合目で初勝利。17奪三振の1試合奪三振数日本タイ記録(当時)を樹立。
最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率と主要四冠を独占。
ベストナイン、新人王、沢村賞、そしてMVPに選ばれる。
1990年~1993年
4年間連続、最多勝利と最多奪三振のタイトルを独占。
新人からこの記録は野茂だけ。
1994年
右肩痛のためあまり活躍できず。
シリーズ終了後、複数年契約と代理人制度を希望したが、拒否されたため近鉄を退団して、メジャーリーグに挑戦。
1995年
ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約。
年俸は近鉄時代の1億4000万円からわずか980万円に。
13勝6敗、236奪三振の成績で新人王、奪三振王のタイトルを獲得。
オールスターにも出場。
1996年
9月17日の対ロッキーズ戦でノーヒット・ノーランを達成。
1998年
シーズン途中でニューヨーク・メッツにトレード。
1999年
開幕直前にメッツから解雇、シカゴ・カブスとマイナー契約。その後、カブスからミルウォーキー・ブルワーズにトレード。
2000年
ブルワーズからデトロイト・タイガースにトレード。
日本人初の開幕投手に。
2001年
タイガースからボストン・レッドソックスにトレード。
4月4日、対ボルチモア・オリオールズ戦で2度目のノーヒットノーランを達成。
2002年
レッドソックスからロサンゼルス・ドジャースに復帰。
2004年
11月初めにフリーエージェントを申請。
2005年
タンパベイ・デビルレイズとマイナー契約。
日米通算200勝を達成。
7月16日に戦力外通告を受け、10日後に解雇。
7月27日、ニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約。
2006年
3月3日にシカゴ・ホワイトソックスとのマイナー契約。
その後、故障者リストに。6月8日、契約解除。
右ひじを手術。
2007年
ドミニカ共和国でのウインターリーグ参加を検討が、右ひじの回復が思わしくないことから断念し、リハビリに専念。
その後、ベネズエラのカラカス・ライオンズに入団。
2008年
カンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約。
手術した右肘への負担を軽減するため、ワインドアップ・モーションをやめ、セットポジションに投法を統一。
4月5日、メジャー昇格。
4月10日、2005年7月15日以来1000日ぶりにメジャーで登板。
4月20日、戦力外通告。
2008年7月17日 現役引退を表明。
以上です。
なんだか、この経歴を書きながら体が熱くなってくるものを感じました。
僕は子供の頃、野球をやっていたので、野茂ってヒーローなんですよね。
そんな野茂も、あらためて振り返ると、1998年にドジャースからメッツにトレードされてからは、チームの移動、そして解雇の連続ですね。
日本のサラリーマンなら1度でも解雇になったら、「人生終わり」みたいに感じる人が多いと思いますが、野茂は解雇の連続です。
それでも、あきらめず、もう一度メジャーのマウンドに立とうと戦ってきたんですね。
野茂が今の気持ちを語った生の声が聞きたいですね。
